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「わんず」を知っていますか?

「わんず」通じないんですね。少なくても長岡なら何処でも通ずると思っていたら何のこと?と言われるのです。神社の境内とかで土に小さな穴を見つけては細い枝なんかを差し込んで釣った。蝉の幼虫ですよ。宮内で生まれ育った私には「わんず」以外の名前はありません。他の地域では何と呼んでいたのでしょう?

投稿者:くーたまさん 登録日:2009-12-25

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ぱぴぷーぺーぽんさん
渡里町では「わんざ」でした。
40年前、お寺で小さな穴を見つけては、水を入れて中にわんざがいるかどうかを確かめてから取っていました。懐かしいです。
せきはんさん
私、「ごにょ」って呼んでましたね。でも、カブトムシの幼虫をそう呼んでいたのかも?
なじさん
宮内小学校のプール脇にあった大きな柳の木の根元や高彦根神社でよく棒さして探してました。"わんず"
旭屋サイダーさん
表町小ですが確かわんざと呼んでいましたね
どーだったかなさん
旧市内の友人は、
せみの抜け殻を「わんざ」
生きている幼虫のことを
「だいみょう」といっていました
Mogul1gさん
表町小出身です。30年前はわんざと呼んでました。関原の友達は、"ごにょ"と呼んでました。
ADYさん
私のところもワンザです。旧日赤病院の中庭で、いくらでも取れました。
しなちくさん
東神田ですが、父もワンザといっていました。
三太さん
西神田お蔵小路では団塊世代が中心になって遊んでいました。私たちはワンザと言ってました。
今思うとむごいことをしたと思っていますが標本作りに随分採っていました。
くーたまさん
たくさんのコメントうれしいです。調べてみたら「わんず」が生息していたのは宮内のさらにその一部だけの様です。なんとローカルな…そして今、私は県内の他市に住んでいますが小さな敷地に植わったモミの木に20数匹の「わんず」の抜け殻がしがみ付いています。
toad5さん
子どもの頃、年寄りはワンザといっていました。
BSNラジオで、新潟市のほうは「もず」新発田のほうは「もぞもぞ」と呼んでいたと言っていました。
らいさん
生まれも育ちも川崎です・・・
 「わんざ」・・・中身入り
 「からざ」・・・抜け殻
って言ってましたよ。
兵庫の人さん
「わんず」懐かしいです。ラジオ体操に早い目行き、新潟大学の構内でたくさんとりました。
関西でも、通じないと思います。確かめて見たいと思います。
HAYAさん
宮内ですけど「わんず」は中身入りです。抜け殻はそのまま「抜け殻」といってましたが・・・
越後のしろくまさん
川崎小出身です。「わんざ」でしたね。アブラゼミが多かったのですが、たまーにつくつくぼうしのわんざを見つけたときは結構嬉しかったものです。あと、東京に出てきて、「わんざ」が通じないことはなかなかカルチャーショックでした。
中之島ンさん
すいません、食ってました。割れた所から出てる、白くて繊維状のもの。朝のラジオ体操に行く前に、お寺に行っていっぱい集めてたっけなぁ。あ、呼び名はわんざでした。
nomeshiさん
うちは「わんざ」でした。
それにしても、食べるとは、、、すごいですね。
プライスさん
わんず?
もちろん知っていますとも!
赤城神社でとりまくり。
当然,宮内です。
くーたまさん
食べられると言う噂は当時良く聞きました。食べてた方がいらっしたんですね。
おおてまんじゅうさん
長町の私も「わんざ」とよんでました。東京では全く通じません。抜け殻の後に残った細い白い糸状の物、これをで蝉が身体を支え殻から脱皮するのですが、この糸を食べると体にいいという話が当時の子どもたちの間で信じられており、蝉の抜け殻を探しては食べたものです。今思えば、よくおなかをこわさなかったと呆れてしまいます。長岡の他地区の子どもたちも食べましたか?
ハヤテさん
私は新町小出身ですが、
「わんざ」と言ってましたね〜
わんざ取りはある意味、夏の風物詩でした。

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